2018年4月5日木曜日

最愛


 最愛の人という言葉をあまり意識してこなかった。
 私にとって誰なのかを改めて考えた。
 息子たちだ。

 次男の手相を見て、生命線が短いのが気になって気になって仕方がない。
 私は長い。
 手相は書き足せばいいと聞いたことがある。
 しかし、次男に短いから書き足そうとは言えない。
 見るたび切ない。

 私にとっては和也も最愛の人だったが、亡くなるまで認識できていなかった。
 両親もなくなったら同じ感覚になるのだろうか?
 喪失感は亡くなる前に感じることはできないと思う。
 想像してみても、実感がないから悲しみの深さはわからない。
 
 人がいなくなるというのは大きなことで、関係性やその人に対する気持ちの深さで周囲の人には想像できないほどの影響がある。
 そしてそれを乗り越えていくのは本人しかできないことだ。
 それはわかっているけれど・・・。

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