村上さんは短編小説は書き直しというか、バージョンアップを図ることがあるとのこと。
この『ねむり』も1989年に『眠り』として書かれ、ドイツの出版元がイラストレーション付で世に出たとのこと。
〈眠れなくなって17日めになる。〉という一節から始まる。
この普通でない状態を冷静に語る主人公の女性。
一般に《不眠症》という言葉で片付けられてしまう状況に対し、女性は病院に行くという選択をせず、果敢に対峙し続ける。『アンナ・カレーニナ』を読み続ける。来る日も来る日も淡々と日常生活をこなしていく。
女性は、眠れない夜を繰り返す中で、全身の細胞と神経を研ぎ澄まされ、自分や周囲を自分という定点から冷静に観察し続ける。
結末は女性の状況と同じく目を覆いたくなるが、結論のない浮遊された状態の終結に私は眠れない主人公と同じ気分を味わうのかもしれない。