2018年3月15日木曜日

きっといい場所

 志望校に合格できず毎日自室で一人過ごす毎日。
 後期試験は受けなかった。

 家から離れて暮らすことへの不安が強いのか。
 これからに人生こういう選択でよかったのか?
 皆、親元離れて暮らすことが多い同級生をみて、私自身が息子の自立に邪魔をすることになっていないか?
 もっと励まして一人暮らしを進めたほうがよかったのではないか? 
 
 本人には「親のことを考えて選択しなくてもいい」と伝えたが、気持ちが優しくて周囲をよく見ている息子にプレッシャーがなかったのか?
 大いに考えられて、不安だ。

 和也が高校卒業の時に、高校の先生から大学進学を進められたときに父親が「小遣いをやるから家にいてくれ」といったことは和也の人生を大きく変えた。
 そんな父親に反感を抱いてきた私自身が、同じことになっているのではないかと思う。
 もっとたくさんの選択肢にの中で考えるべきだったのか。
 得意科目で受けられる大学はあったのに、まだ18歳の息子に任せてしまった事は、親としての義務の放棄だったと。
 
 しかし終わった受験を蒸し返すことは何にもならない。
 4年で取れなかったら、あと2年大学院に行けばいい。

 いまの家のいいところは、何とか学費が出せる経済力だけ。

2018年3月13日火曜日

だから荒野    桐野夏生

 家族を喪った方はどうなるのですか?

 ひと言で言うと、人にとても優しくなります。

 あなたは猛々しいです。それは、あなたには家族がいて、幸せな生活を送っておられるからです。そういう人は猛々しく見えます。でも、耐え難い悲しみを経験した人々はあなたとは違って優しい。そういう意味で、猛々しくみえた、と申し上げたのです。




 やはり、自分の本質は痛い目に遭ったことのない怖い物知らず。それ故の猛々しい女なのだろう。


 だいぶ前に読んで下書きだったけれど、まあこんな感想が自分自身だと思う。

悲しみは真の人生の始まり~内面の成長こそ 柳田邦男

 胸をかきむしらんばかりの苦しみ、悲しみを抱え、そこから逃げずに必死に生きようとするその人生そのものが『癒し』だと思う。


 現実を生きるってことは、格闘するくらい、つらいことでもある。
 けれど、格闘するうちに、前へ進んでいる自分に気づく。生きるためにもがくうちに、前へ進んでいく。自分を見つめながら日常の暮らしを大事にして生きていると、気が付けば、最後まで生き抜くことができた、とつながっていく。

和也日記

 「お母さん胸が苦しい」
 これが最後の言葉だったらしい。

 らしいというわけは、俺は死んだから自覚できないんだ。
 ただそれだけのこと。

 どんなにこの言葉を言いたかったか。
 「お母さん」言えなかった。ずっと言えなかった。
 この世で最後の言葉がやっと言えた言葉なんて皮肉なもんだな。

 家の離れに住んでいた俺は、風呂と朝飯夕飯にしか母屋には行かなかった。
 行かずに済んでいたのは日常としては楽だったが、精神的にはきつかった。
 父親と母親とどう関わっていいかわからずに過ごしてしまったからな。
 姉貴は勝手気ままに家を出て、今じゃ2人の息子に振り回されている。
 俺はもっと関わりたかったんだよな、甥っ子たちに。
 何を遠慮してるんだか、俺のことが怖いんだか、姉貴は黙っちゃう。
 話しかけてくれなきゃ。
 分かってないままだった。
 
 俺の本心が全く伝わらないままで、勝手に怖がって、避けようとしているのが
丸わかりなんだよな。
 卑屈になっている感じ。
 姉弟だって、分かり合えるわけないんだよ。
 思いやってくれてるんだろうが、ピント外れ。
 言いたいことがあったら言ってくれたらよかった。
 それでも、入院した時はすぐに来てくれたんだよな。
 ケーキいっぱい持って。
 腹減っていたから全部食べちゃったけれど、よかったのかな?
 困ったときは使えそうで、少しうれしかった。
 

気持ちの整理

 不合格と言っても目的の教師になりための学部には合格しているわけで、
今後の活躍が期待されるわけです。
 大学院に目標だったところにいくのもいいし。
 高1の時に赤点だった英語をここまで上げてきた努力を続けることで、伸びしろがまだまだある現在地から大きく化けることができる。そのために親は進学資金をためる。
 私にできることを今頑張る。
 
 同級生が〇大に合格して、顔を合わせなければならないが、いじけることはない。
 これからが大事。
 これをまず親が自覚して。
 伝染させねば。

 今日、高校から電話。
 卒業生と語る会の話。断ったらしい。
 気持ちは分かるから、何も言わず。
 先生との距離は難しい。

 受験前に国語の教師の指導はほとんどなかった。
 行方が分からず、職員室に行ってもいなかったらしいが、自分のクラスの生徒の指導を優先したでのではないかと、疑う。卑怯だ。
 結局特進クラスを断ったことがこういうことになったのかと思う。

 普通クラスでひとりで頑張った息子と強い意志は評価に値する。

 

2018年3月7日水曜日

残念ながら不合格

 〇大生になりたかっただろう。
 粛々と時間がたっていく。
 何もできないでいる。
 当人はゲームをやってただ時間をやり過ごしているようにみえる。
 前期試験の帰り道、3人に2人は落ちるのだからと言い合ったが、実際は期待もあったし、私は大丈夫と感じていたのだが、甘かった。
 すでに奨学生入試で合格をしていた大学に決めたが、そこが決まってからの2か月が何のためだったのかと言う。
 努力は嘘をつく、でも無駄にはならない・・・か。
 嘘は嫌だなぁ。

 只々切なく、時間は経つが気持ちがついていかない。
 友人が東大の合格発表を待っているらしく、この差に愕然としているらしい。
 地頭の良さが際立つ友人ばかりで、コンプレックスを感じずには居られないのだろうが、親にとっては何よりも大切で、何よりも今の息子が自慢なのだが。
 同じコンプレックスを感じてしまう私が、どんな言葉をかけたらいいのか。
 悶々とし、ふとした瞬間に不憫に思ってしまうこのネガティブな私自身が変わらないと。
 変えていくのは自分自身。
 ビジョンに向かって、行動あるのみ。
 応援するのみ。

2018年3月2日金曜日

卒業 まだ合格待ち

 3月1日、無事にというか当然のこととして、高校卒業した。
 最近は、粛々と子離れ、親離れが進み、なんだか淋しい。
 私自身が子供たちに依存していることを、感じさせられ、自立を妨げていたんだろうと
申し訳なく思う。
 初めてのことが苦手な息子にしてしまった。
 後悔しないように過ごすことが今の座右の銘だから、自分のことは横に置き、言動をしていくべきだろう。
 今朝はお弁当もなく(最終日も忘れた。)どんどん忘れていくのだろう。
 楽しかった時間も。
 この幸せな時間はどんどん変化して、あの頃が一番良かったなんて言うようになって、
じゃあ今は?今もこうして傍にいてくれる時間を大事にしなければ。
 時間を大事にするってどういうこと?
 結局自分がしたいようにしてしまう私自身のエゴが先立ってしまう。
 どうなってほしいとか、こうしたいっていうのは、自分の品性の問題なのかもしれない
 自分がグルメではないことを自覚して行列のできる店とか、評判の店に行かない自分を
許容できた。
 次はどう自分を自覚して変えていくか。

正欲  朝井リョウ

 >作家生活10周年の著作。  大学生作家・サラリーマン作家と言われていた頃があったなと思う。  『正欲』  読み終わり考える。  読み取りの苦手な私は何が正しいのか?  作者の意図と違う感覚だと恥ずかしいと。  明日、死にたくない人の流れに乗るために思う。  このブログも登場人...