2018年4月5日木曜日
最愛
最愛の人という言葉をあまり意識してこなかった。
私にとって誰なのかを改めて考えた。
息子たちだ。
次男の手相を見て、生命線が短いのが気になって気になって仕方がない。
私は長い。
手相は書き足せばいいと聞いたことがある。
しかし、次男に短いから書き足そうとは言えない。
見るたび切ない。
私にとっては和也も最愛の人だったが、亡くなるまで認識できていなかった。
両親もなくなったら同じ感覚になるのだろうか?
喪失感は亡くなる前に感じることはできないと思う。
想像してみても、実感がないから悲しみの深さはわからない。
人がいなくなるというのは大きなことで、関係性やその人に対する気持ちの深さで周囲の人には想像できないほどの影響がある。
そしてそれを乗り越えていくのは本人しかできないことだ。
それはわかっているけれど・・・。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
正欲 朝井リョウ
>作家生活10周年の著作。 大学生作家・サラリーマン作家と言われていた頃があったなと思う。 『正欲』 読み終わり考える。 読み取りの苦手な私は何が正しいのか? 作者の意図と違う感覚だと恥ずかしいと。 明日、死にたくない人の流れに乗るために思う。 このブログも登場人...
-
本を読めるようになってきた。 桐野夏生さんの『だから荒野』 荒野を選んで生きてきた老人の言葉に、弟を重ねた。 弟が選んで生きてきたんだと思うことができた。 私にとっては荒野そのものの弟の一生。 私や親が干渉することを拒んできた弟の生き方だった。 それを...
-
心の中に何かが溜まっていく。 心臓マッサージを続ければ心臓が動いたかもしれない。 医者の言葉に対し、諦めが早かったのかもしれない。 私が可能性をつぶしたのかもしれない。 どんどんその思いが大きくなる。 気持ちが後ろ向きで涙があふれてどうしようもない。 ...
-
幸せの実感ってなんだろう。 今私にとってどの時間が幸せなのか。 息子の笑顔? 自分の行動基準が分からなかったり、何やっていたのか思い出せなかったり。 靄の中にいるみたい。 知人が日帰り入浴に誘ってくれたが、きっと取り留めのない思い出話や後悔話にな...
0 件のコメント:
コメントを投稿